2chでもなんでも、うつ病が流行?してますね。医学的に言うと、脳内の信号伝達に使われる物質の取り扱いがおかしくなって、結果、悲しみから抜けられなくなった状態のようです。えーと、食欲はあるけど働きたくないとか、朝起きられないけど夜中までゲームは出来るとか、そういうのはうつ病じゃないです、念のため(笑)
神経内科の友人によれば、うつ病というのは、マジメな人ほど発症しやすいとの事で、ゲームだの食欲だの、いわゆる娯楽とか本能に弱い人間というのとは別モノです。そっちは自己抑制が効かないタイプで、うつ病ではないです。
仏教的にいうと、後者はたんなる「自堕落」な人です。前者は、因果関係を正しく認識できない状況といえましょう。「因果」というのは仏教用語です。「原因」があって「結果」がある。当たり前の事なのですが、この当たり前の事の捕らえ方に問題が発生します。
マジメで責任感が強い人は、何か悪いこと=結果があったとき、その「原因」を突き止めようとします。システムエンジニアやプロジェクトマネージャーなどは、殆ど職業病といっていい状況まで脳がこれ向きにトレーニングされています。
もちろん、大規模システムやプログラムを動かす時に、発生したバグや不具合から原因を探すというのは、重要な仕事でひどく当たり前の作業です。ただ、これが習慣化することで問題が起きます。
というのは。
プログラムは人間が全ての状況を把握した中で作るもので、原因はかならずどこかにあります。それも自分の手の届く範囲内で、自分が影響を及ぼせる範囲で。だから、探すことは可能だし、一つ一つ発見して直す必要もあります。
が。
そのほかの事…、ぶっちゃけプログラミング以外のこと全てでですね、原因と結果がバッチリわかるものなんて、あんまりない訳ですよ。あんなに決まりきったルール(=きっちりとした文法のある言語と性能保証されたハードウェア)でモノが動いている状況なんてそうそう無いんです。
例えばですね、私はトランペット吹きでもありますが、コンサートで一箇所トチったとします。ソロパートでお客さん全員が私の方を向いている時に、サビでトチってお客さんがガッカリな状態になったら、そりゃ原因は私にあります。が、それが緊張から来たものなのか、練習不足なのか、はたまた昨日寝すぎたか寝不足か、いや当日の気温が、館内の湿度が…、と原因を探し出すとキリがないです。
「もーしょうがないから次からがんばるぜ」というのがこの場合の正解で、プロジェクトマネージャー的に原因をとことん突き詰めて、再発防止! とかいってもしょーがないんです。原因候補は沢山あります。そしてその全てが自分のせいではないです。いや、練習不足は自分が悪いんでしょうけどね…。それならわかりやすい。普段からもっとトチってて、ファーストトランペットなんか任されて無いはずですから。
「あいつに任せたけどダメだったからしょうがない」
と少なくとも他のメンバーを納得させられるだけの練習を日々やってれば済む話です。ここにも因果が働いています。練習していたからこそ信頼されて、失敗しても許されるという事です。コンサートの失敗は結果ですが、それは信頼したメンバーにも原因があるわけで、なにもそれ全部自分で抱え込む必要はないんです。ちなみに、この後コンサートマスターかバンドマスターか指揮者がブチ切れる可能性はありますが、それはその人の器が小さいだけで、問題にするほどの事ではありません。その手の責任者と呼ばれる人が「最善は尽くしたけど、何が起きるかわからないよ」という事をキモに命じていられるかどうかが肝心です。そこを呑めない人はリーダーをやってはいけませんね。
が。
マジメな人は、この辺の回路が少しプロジェクトマネージャー寄りになっていて、ギャーと怒る指揮者あるいはため息をついた観客を前に自分を責め始めます。「最善を尽くしたけど失敗した俺って本当にダメ人間。ああ、どうしようもない。もう死んじゃいたい」こっちに回路が回っちゃいます。
でもね。
全宇宙レベルでいうと、たとえベルリンフィルハーモニーの1番バイオリンが全世界同時中継のコンサートでサビをトチったとしてもですよ、塵以下の現象ですよ、そんなの。しかも原因なんてわからない。何しろベルリンフィルの1番がトチるんだ、もう必然だったのだといってもいいくらいの話。
だからね、あんまり小さいことでクヨクヨしてもしょうがないんですよ。SEとプロジェクトマネージャなんてモノが規定されちゃったエンジニアリング世界の人にはご愁傷さまだけど、本来人間というのはそういう不確かな世界の中に生きていて、自分でコントロールできるものの範囲なんてたかが知れている。そういうのが「悟り」です。
それから、他人の自分に対する評価を気にしすぎるのも問題。トランペットの話を続けると、「会心の演奏が出来たぜ」と思ってもお客さんの反応がそーでもなかったり、逆に「今日は調子わるかったなー」と思っていても拍手があったりとかね、もう自分と他人の価値観が一致するなんて事は、世間一般に認知されている犯罪のように善悪はっきりしている場合は別として、滅多にないんですよね。
最近だとサーフィンなんかやっててよくある事なんですが、「あー今日は全然ダメ、もう上がろっか」とか思っていると、ヨコに居たヒゲのお兄さんに「さっきの惜しかったッスね」とかにっこり笑って褒められちゃったりとか、バッチリ乗ったつもりで「すげー俺様最高!」とか思って浜まで行ったらその辺で見ていた人に「今日はコンディション悪そうですね」とか言われて「えぇ!?」となったりとか。
「もっと人間はいい加減に生きるべし」と思います。いい加減と怠惰(あるいは欲望に忠実であること)は違うのでそこ間違えないように。
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