2008/06/26

ブッダを読む

 NHK囲碁テキスト3月号の『張ー小林(覚)戦』を並べて、二人の非凡さを確認した後(次の一手がことごとくはずれました。この二人の深く広い読みは私の想像力では及びません)、手塚治虫の『ブッダ』を読みました。

 昨日は天気が良かったのですが今日の雨が予想され、天気の変化で気分が落ち込むのもイヤだなぁ、と思っての事です。この本も繰り返し読む中の一つですが、非常に心が落ち着きます。

 多少のフィクションはあるものの、何もかもに恵まれて、でもそれを失うことを恐れながら生きていた王子シッタルダが、ある日突然一切の欲を捨てて一個の生命として生きる、ただそれだけがこの世に生を受けたものの宿命であるという説明をしてくれると気分が軽くなります。

 悟りを開いた後のシッタルダ(ブッダ)の教えは、ほぼ100%般若心経という、コンパクトなお経の中に含まれています。最近写経がブームとなり、中身を知らぬまま般若心経を書いている方も居ると思いますが、一度中身の解説本を読んでみては如何でしょうか。

 「生老病苦」は生物が避けて通れないものであり、それに抗って苦しんだり悲しんだりすることはまったくの無駄、今を楽しく生きなければ、人の一生なんてあっという間に過ぎてしまう事だと、ブッダは説いています。すべてを自然に受け止めることで、この世に無駄なんてものは無いと教えてくれます。

 また、唯物論的に捕らえているこの世界も、実は自分の主観が物の在り方を自分に都合のよい、あるいは極めて悲観的な考えによって作られた唯心論的な世界である、とブッダは説いています。昨今自殺が増え、規模的には内戦状態と同じレベルで自殺者が出ています。仏教では自殺は否定していません。この世でなすべきことをすべてやった後なら、もう死んでも良いのでは、という考え方です。

 ただ、自分が生きるため以外の殺生を禁じているという事です。短絡的に悲観して何もしないまま、楽しまないまま自殺してしまうことを残念に思うブッダが居ます。

 もっとも、すべての人間がブッダのように悟りを得て、一生をかけてすべき使命を見つけられるとも限りません。自分の器にあった楽しみ方を見つけて、死ぬまでの数十年をどうやって面白く生きるか、それをちゃんと考えないといけないな、と。

 唯物論で考えてしまうと、結局は物欲に捕われて、持って無い事に嫉妬し、失うことに恐々とし、自らをそれらの執念の炎で焼き焦がしてしまう事になります。そうならないように気をつけないといけませんね。

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2007/12/29

ガンダムオリジナル劇場版DVD-BOX

 いい出来だと思いますが、今見るとツッコミどころが結構ありますね(笑) 一番気になったのは「めぐりあい宇宙」編のアムロのバギーが泥にはまるところ。

 技術系の人間でメカオタクなアムロが、ぬかるみからバギーを出せないなんて有り得ませんよね。それとか、3倍の速度で接近するシャア(最初の劇場版)ですが、レーダー表示ではスレンダーのザクもフォローアップしている様です。ザクの性能が3倍じゃないのか…。

 「哀・戦士」も色々ありますね。ジオンにはZZで出てくるドワッジとか砂漠専用のMSがあるわけですが、砂に埋めたガンダムって良く可動部分が平気だったなぁとか、電波障害で写らなくなるカメラを使っているスパイって何なの? とか。

 それでも楽しんではおりますが。はい。トリセツいらんなこれ。

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2007/06/26

vsエヴァンゲリオン

 ここ3日ほど不調です。原因は日曜日に見たエヴァのDVDですね。初回放映時、私は出版社にいて、好きな仕事を好きなように頑張って結果も出て、みんなから褒められるという幸せな生活を送っていたので、「なにこのアニメ」と思っていたのです。少年少女の心情の描き方としては面白いと思ったけれども。その後も、DVDで見返しても、なんでもなかったんですよね、面白いな、とは感じてましたけど。

 でも、鬱気味になってからはこれが厳しい。エヴァ自体、4年ダウンしていた庵野さん(多分鬱病だと思う)が元気になった後作った作品なので、登場人物は鬱病持ちばっかりです。シンジはマザコンでエディプスコンプレックスを両方抱え込んでしまった無気力な少年。とても鬱病患者に似ています。激情にかられて暴れたりする辺りも含めて、身に覚えがありすぎて悲しくなります(笑)

 アスカもマザコンで、しかも普通は娘を一番かわいがってくれる父親が居ない子。その上、失敗を許されないという育て方をされて、パニック障害を抱えています。失敗した時にどうしていいか分からない。

 レイは感情を知らない子。普通は両親に愛されて育つ間に感情が目覚めるのに、彼女は人造人間だから感情を知らない。ロボット物で昔からあるテーマではあるけど(例えばアトム)、鬱がとてもとても進行した状態にも似ています。あの散らかった部屋、言われた事だけを淡々とこなす動き、無感動。

 他の人間も問題ありすぎで、まともなのはクラスメイトの洞木さん(委員長)くらい。オタク的に近いキャラというと多分ケンスケだと思うけど、あそこまでノーテンキにはなれない。いや、かつてはそうだったんだと思うんだけど(笑)

 劇場版まで見たら流石に重くて、結果TKOされました。しばらく見てなかった悪夢も戻って来てしまったし、こりゃ失敗したなー、と思ってます。当時一番嫌だったTV版最終話の「普通の生活をするシンジ達」が一番快いという皮肉な結果になりました。

 なんでまたDVD観ているかというと、鬱の治り具合を確かめる為に好きだったDVDを片っ端から見て自分の感情がどう動くのか確認したかったんですよね。で、ハッピーエンドな作品は途中が辛くても最後まで見られるようになっていたんですが、エヴァはまだダメでしたね。心の傷がうずいて寝込みました。エクソシストとか見たらもっとやられそうな気がするので、当分悲しいエンディングシリーズは封印です。

 いやーしかし、漫画版のシンジの方が悪い子で癒されますね。貞本さん自身がそのように描いていると説明してますけど、TV版の良い子なシンジより、ちょっと悪い子タイプの漫画版シンジの方が私には合っている様です。カヲル君とのくだりもわかりやすくなっていたし、男的にはTV版よりずっと理解できる関係性です。トウジを死なせてしまった所は悲しかったけど。

 やっぱり、しばらくはエヴァ観るのは止めておきますか(笑) 鬱気味の時には危険です。

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2007/06/24

千と千尋を見直して

 宮崎駿監督の作品は大好きで、殆ど全ての劇場作品はDVDで持っているのだけど、とりわけスキなのは「天空の城ラピュタ」と「千と千尋の神隠し」だ。

 ラピュタ(ともののけ姫と未来少年コナン)は、「男の子」が「男」になる話で、男的に見ていて普通にワクワク出来る。その他の殆どの宮崎作品は、「女の子」が「女」になる話である。これは監督が女の子の方を好きだからんだろうけど(笑)、その中でも千尋は色々な見方が出来て楽しい。

(1)オタクたちの下世話な解釈

 鈴木プロデューサも元ネタとして明言しているそうだけれども、あれはダメな両親のせいで、水商売で働かされる娘の話という見方。確かにみたまんまに解釈するとそうだ。名前を取り上げられ(源氏名をつけられて)、汚いお客の相手をする役周りというのは、本当に下品だけど、そういう事なんだと思う。穢れとして現れた河の主のおじいさんが、孫のような娘に癒されて元気になって帰っていく(この時、入り口の屏風には回春と書かれている)辺りや、子供相手なのに金を出して無理矢理千を買おうとするカオナシなんてのは、解りやすい描写である。多分とは思うけど、最初に千尋の体が薄れ掛けた時にハクが食べさせた丸薬で千尋は初潮を迎えて、成人したことになって水商売OKになったので、油屋に就職できた、という流れもなんとなく理解できる。

 でも、そういう風にみるとつまらない映画になってしまう。だから、私は2つの違う見方をしている。

(2)核家族問題としての解釈

 恐がる子供を気にせず、マニュアルのアウディの四駆で泥道を走るバカな父親、子供が恐がっているのに冷たく突き放そうとする母親。子供が帰りたがっているのに二人でどんどん奥に行ってしまう両親。千尋は親に恵まれていない。

 でも、千尋が入った不思議な世界には2組の祖父、祖母役が出てきて千尋を助けてくれる。厳しいしつけをするのは湯婆、優しいのが銭婆。二人のおばあちゃんによって、千尋はしっかりしつけられて、ついでに助けても貰う。おじいちゃんも二人居る。一人は釜爺。私の子供の頃もそうだったけど、お小遣いをくれてわがままを聞いてくれるのは優しいおじいちゃんだった。多分高価であろう電車の券をもう使わないから、と気前良くくれたり、孫娘(千尋)のBFのハクの面倒を見てくれたりと、優しいおじいちゃんだ。もう一人が河の主で、トゲを抜いてくれた孫娘にやはりBFを助けるための沼団子をくれる(河の主が、男の孫=ハクを助けてくれたとも捉えられる)。

 ダメな両親に代わって、祖父、祖母が厳しく、優しく接してくれるというのがこの映画のテーマの一つだと思う。電車で一人でおばあちゃん(銭婆)のところへ行くシーンなんて、凄くわかりやすい。両親が自分の好きなことばっかりやってダメな豚になっている、そんなかわいそうな千尋にお爺ちゃんが電車代をくれて、おばあちゃんのところへ行かせてくれる。おばあちゃんはお土産に手編みの髪留めをくれる。

 お話の終わりの頃には千尋はすっかり大人になっていて、もうダメな両親の事はアテにしていないだろう。優しく厳しかった祖父と祖母と、昔出合って再会したBFのことを思い出に頑張っていけるだろう。という解釈。千をエレベータで最上階まで運んだ大根の神様も近所の優しいおじいちゃん風味だった(あれもオタク的に言えばセクハラになるのだけど)。

 そういう風に捉えて千尋を見ると、祖父、祖母への感謝の念がこみ上げてくる。これはこれで結構泣ける話だと思う。

(3)神話的解釈

 私が一番好きなのはこの解釈で、それは自分も神社仏閣が好きで、小さい頃神社で不思議な体験をしたり、今でも祭太鼓を叩いたり、神輿を担いだりするからなのだけど。

 千尋(達)は、最初の鳥居を通り過ぎて、舗装してない道に入ってから、犯してはならない神の領域に入ってしまったのだと思う。鳥居を過ぎた時点でもうそこは別世界。だから、行きと帰りでトンネルの建物も、車止め(最初は(顔があったが最後はただの岩になっている)も変化している。狐に化かされたように車もイタズラされている。

 最初の鳥居をすぎた後にあったたくさんの小さな祠が油屋の前の街並で、途中で渡った小川が門の向こうにあった川だ。最後の「モルタルで出来た門」には湯屋と書いてあって、これが別世界に入ると「油屋」に変わる。神域を侵した罪で、鳥居からモルタルの門までの間に一家が閉じ込められてしまった話と私は考える。そこで、ダメな両親(神域を侵した上に、お供え物を食べた)に変わって、無垢な千尋が神様に許してもらうまで働く=神隠しに遭ってしまった、というところでしょうか。

 ちなみにハク(ニギハヤミコハクヌシ、爾宜速水小白主?)は、マンションで潰されてしまった小白川に住んでいたので、新しい神域を求めて彷徨っていたのだと思う(私は千尋に憑いていたのではと思うが(笑))。そこで元々の地主である銭婆と油婆に交渉したのだと思う。ちなみに私が考えているのは、油婆というのは油というくらいだからコックリさんではないかと思う。油揚げ。銭婆はお賽銭箱を想像させる。釜爺は、よく神社にいて虫を食らう蜘蛛だ。カエルやナメクジなど、いかにも田舎の神社に居そうな連中が人型となって登場するのは、日本の昔話によくあるパターンだと思う。コックリさんは、大抵の神社の横に狐塚として存在して、江戸時代はちゃんと油揚げなどを備えたものだ。

 で、名無しの竜になってどうしようもなかったハクも本来の名前を千尋に思い出してもらって、最後に門番のコックリさんと交渉するという流れなんだろうと。私の想像では、途中にあった小川(あっち側の世界では干上がったり大河になったりする)に住む事になったのではないかと考える。

 山の上に住むことになった千尋が、ちょっと森を散策してあの小川に出合えば、二人が再会したことになるのではないかと考えている。

 私は実家に帰ると、サーフィンをしたりはするけれど、すぐ裏にある熊野神社に御参りに行く。そして、境内でちょっとボーっとしてみたりする。そういう田舎を持っている人間にとっては、(1)の解釈は下品すぎて受け入れられない。(2)+(3)として見られる人間の方が健全なんじゃないかなぁ、と思う。

 ちなみに、私も小学生の頃、やっぱり海で溺れかけた時に、偶然の波でブイに当たり、命からがら浜まで戻った経験があります。だから、鴨川の弁天島にはやはり良く御参りに行くのです。河の神様は男ですが、海の神様といえば弁財天ですからね。助けてくれた女神様に感謝しに行くのでした。弁天様は自分の名前を忘れたりしないと思いますけどね(笑)

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2007/03/21

墜落日誌を取り出す

 月刊ログインに連載されている寺島令子さんの漫画である。私はこれの「ネットゲーム編」がとても好きなのです。今はもうたいして面白みを感じないオンラインゲームの数々だけど、黎明期には確かにキラキラとした輝きを放っていたのです。

 UO、EQ、DAoC、AO、AC等々、個性豊かな洋ゲーの数々とそこで日々起きるドラマ。オンラインゲームはプレイヤーの個性でその世界観が大きく変わります。メジャーになった?今では、それほどゲームの世界背景に興味を持たず入ってくる人も多い訳で(FFXIなどは、既存のFFシリーズというベースがあるけれど)、人は一杯いるものの、なんというかグルーヴ感がないのですよね。

 UOやEQの初期はそれはもうバグや臨時メンテの嵐で、それでもみんな我慢して遊んでいて、なんでかっていうと、ブリタニア(UOの舞台)やノーラス(EQの舞台)が大好きだったんですよね。UOに関して言えば、それまで10作近くあった過去の作品の主たる舞台、ブリタニア(昔はソーサリアだった)を舞台にオフライン(UltimaIV)とまったく同じマップ。そこをみんなでウロウロするというだけで、燃えたものです。

 オフラインゲームの中では見えなかったディティールの部分、例えば武器を修理する鍛冶屋さんなんてのを選んで遊ぶことが可能で、私はブリテン北の鍛冶屋で無料修理をするのが大好きでした。友達と一緒に出店したCove近くの店で自動販売機を運営していたあの楽しさ。もう、多分どんなゲームをやっても再現できないでしょう。

 EQは、これまたAD&Dが大好きであろう濃いメンバーに加えて、UOでオンラインゲームにはまった層が一気に集まって、とてもとても濃い時間をすごせたものでした。初めて船に乗って妖精大陸からフリーポートに着いた時のあの感動。もう同じものは味わえないでしょう。

 ただ、この「墜落日誌 ネットゲーム編」は、その頃の楽しさを綺麗にパッケージしてあるのです。寺島さんという漫画家の才能に驚くばかりです。もちろんそれは、ゲームが好きな人の中の、さらにPCでオンラインゲームをプレイするといった、小さな小さな市場向けのネタではあるのですけど、こういう本があることが嬉しいのです。

 自分のスクリーンショット集を見てもそれほどの思い出は蘇らない。でも寺島さんの漫画を読むと、確かにあの頃、ブリタニアで、ノーラスで燃え上がった自分を再確認できるのです。

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2007/03/18

東京物語

 未だに花見の季節になると読み直してしまう、ふくやまけいこさんの漫画です。というのも、仲間内でここ10年ほど(私は行ったり行かなかったりだけど)行っている花見の場所が上野公園なんです。

 「東京物語」は、「帝都物語(荒俣宏さん)」ほど深刻ではなく、かといっておちゃらけ過ぎてない、非常にバランスがいい漫画で、ふくやまさんの作品の中でも指折りの完成度と思っています。祖父の代の話になりますけど、古き良き東京がステキに描かれています。同じ時代背景だと「サクラ大戦」なども該当しますが、元禄時代と肩を並べて、江戸・東京が輝いていた時代だと思っています。

 どれも私が生まれる前の時代ですが、東京オリンピック以降は、東京っていいことないなー、というイメージです。首都高が出来て未来都市を夢見てから、逆に足下はおぼつかなくなって、アンバランスな都市になってしまったな、と。生活臭がしないんですよね。今の東京。

 でも、上野の周りって、駅自体が東北の玄関口であったことも関係するのか、妙に穏やかで、でもにぎやかで、人情味溢れていて、ってイメージが強いんですよね。今でも自転車は御徒町に買いに行ってしまうし、暇な時に秋葉原から上野まで歩いたりもします。

 東京でありながら江戸の香りが残っている、あの辺りが好きなんです。で、ふくやまさんのペンのタッチがそれにマッチしているんですよねぇ。新しいような古いような。こういう「時代感」というか、空気をあぶりだすような漫画家さんが好きです。そして、来週の今頃、綺麗なサクラが見られることを楽しみにしています。

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2007/03/13

ぐるっと回ってブッダに戻る

 月間少年ガンガンの4月号を漫画喫茶で読む。といっても、ハガレンだけをパラ読み。やっぱり人類補完計画かー。もうエヴァの尻尾は読み飽きた。大体、救いの無い話が流行ったのは20世紀でしょうに。ねぇ。もうそろそろ違う方向の作品に出てきて欲しいもんだ。決め台詞に「老害」なんて言葉を気安く使うのは子供向け漫画としてイタダケナイね。誰でも老いますよー、わかってますかー。老いる事は悪いことじゃないんだよ。妄執こそが悪で、そういう表現にすべきだったのではないかな。妄執に老いも若きもないしなぁ。悟りだって若いうちに開く人もいれば死ぬまで悟れない人もおるがな。

 という訳で、口直しに「ブッダ」(手塚治虫)の文庫版を一気読み。出版社がちょっと好みじゃないんだけど、手塚先生と仏陀に罪は無いしむしろありがたい話。聖書ももちろん普通に読んでいて、手塚先生の漫画はフィクション(というか手塚先生の創作)が大分入っちゃってるけど、やっぱり仏陀のお話の方がありがたいなぁ。

 いやなんとゆーか、仏陀は神様とか自分とかを特別扱いしないところが偉い。話を聞かないと地獄に落ちるとかの恫喝は無いし、むしろ「聞いたら得かもよ」くらいのノリでありがたい話をしてくれるあたり、やっぱり心の広いお方だったのだなと。王族出身も関係あるのかな。デビルマンの様に全てを捨てて戦う男だ。説得力あるわ。しかもコンパクト。骨子は大体「般若心経」に納まっちゃってるんだからスゴイ。

 キリスト教は唯一神で自分がただ一人の息子って設定がなぁ。どうなんでしょう? 大工の息子さん。ユダヤ教の排他性を薄めた点は評価できるけど、隣の神様を片っ端から悪魔にしちゃうってのはどうなのかと。まぁ、これはイエスがやったんじゃないけど。カソリック教会で神父さんからお話を聞いていたこともあって、OKな部分も多いんですけどね、なんかこう、固すぎるかな。プロテスタントはゆるすぎだし。お祈りしたら許されるとか、そんな安直なものでもなかろうに。懺悔すりゃいいってもんじゃないでしょうと。心の重荷を取り除くのが宗教だけど、重荷をとった後軽すぎ!! というのがキリスト教徒(特にプロテスタント)に対する印象。

 ムハンマドのイスラム教は後から出てきただけあって合理的だけど、やっぱり砂漠の「掟」って感じ。砂漠以外ではどうなんでしょう? でもキリスト教とかユダヤ教を「ちょっと心の狭い奴ら」くらいの扱いにしているところは偉いな、やっぱり。悪魔とか言いませんから。オンラインゲームでムスリムの友達も過去に居たし、嫌いじゃないんですけどね、日本には合わないかなー、風土的に。

 なんでこんなにキリスト教が流行っちゃったかって、やっぱり戦争するのに便利だったからなのかなー、と思う。何しろ隣の国の神様は悪魔。わかりやすい。「汝の敵を愛せよ」とかあるのになぁ。うーむ。

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2007/03/07

書評追加分

 「性別が、ない」(新井祥著/ぶんか社)を3巻まとめて購入。面白かったです。作者との共通点は若作りエロおっさんということかな…(笑)? HPも拝見いたしました。写真まで出しているところ、気合が入っていて好きです。

 ご本人はおっさんおっさんと作中で連呼しておりましたが、男っぽい女の子が好みの私としましては、うーん、やはり男装した女性にみえました、写真。こう君も美少年と描かれていましたが、男視点での美少年とはまた違うなぁ。かっこいい系だとは思いましたが。

 なにかと萩尾先生に結びつけるお母様と叔母様が面白いな(笑)

 ***

 会社のSFなオヤビン(元SF研部長)と「ハガレンが物足りない件」について喫煙室で語らう。

「だから言っただろう、やはりSFなのだよ! ハヤカワを読みたまえ」
「いやいや、私はやっぱり青心社とかですね、国書刊行会とかですね…」
黒い本はSFじゃないだろうがこのバカチンが!」

 といつもの洗脳路線に行くところを

「ところで、宮沢賢治って今読むとSFですよね」

 と切り返し。

「うーむそうだな、あれはSFだねぇ」
「そして宗教でも哲学でもあるのですよ、恐るべし宮沢賢治」
「そーだそーだ、賢治は凄い」

みたいな会話で終了。いい会社だ。

 

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2007/03/04

ハガレンの違和感まとめ

 ハガレンがどーもシックリこない理由が今ひとつ自分でも解らなかったのだけど、要するにこういう事らしい。

・出てくる男がみんな頭悪い

 まぁ、不二子ちゃん(ルパン三世)に言わせれば「男なんてみんなバカね」という事でしょうが、まあ、果てしなくバカです。マスタングもエドも。辛うじてアルだけが分別ついてます。バカな兄を持つと弟は賢くなるってことなんでしょうが、それにしてもどいつもこいつもバカばっかりです。まぁ、バカな男が出てこないと冒険物語って始まらないんですけどね。

・出てくる女がみんな出来すぎている

 えーとですね。例えばです、リザ・ホークアイ中尉。マスタングから見ますと、上司の孫で師匠の娘で自分の副官で手に職があって頭がよくて浮気を許してくれて可愛くてスタイルがよくていつも小奇麗にしていて、ついでにツンデレです。

 例えばウィンリィ。幼馴染で手に職があっておてんばちゃんで可愛くてスタイルがよくていつも小奇麗にしていて、いつまでも故郷で待っていてくれてついでにドジっ子です。

 まぁ、これが二大ヒロインなのですが、ちょっと出来すぎでお兄さんは引いてしまいます。ここまで出来た女性は、現代日本では絶滅種です。美智子皇后とかレベルです。もちろん陛下は浮気などしませぬが。海外まで目を広げるならば、ヒラリー・クリントンとかエリザベス女王とか、そのレベルです。

 それ以外の現代女性というのは、故・ダイアナ妃とか雅子妃とか、どんなに我慢強くてもあのレベルでございます。もちろん、どちらもステキな女性ではござりまするが、一つ前の世代の女性には全然かなわないでしょう。うむ。

 といった辺り、現実との乖離具合が私には違和感だったのですねぇ。女性作家(特に漫画家)の作品にはこういう「古風」な女性が出てくることが多いのですが、なぜなんでしょうね。栗本薫先生くらい、バリエーションのある女性像を描いてくれたら嬉しいのですが。

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2007/03/03

魔法使いサリーを見ていて思った事

 サリーちゃん、よしこちゃん、すみれちゃんの3人は、ひょっとして昭和の三人娘がモデルなのか!? と思ってしまいました。というのは、すみれちゃんのデザインを見ていたら、雪村いづみさんに似ているなぁ、と思ったからです、はい(笑)

 というと、自動的に江利チエミ=よっちゃん、美空ひばり=サリーちゃんという事に。ひばりさんは「演歌の女王」と呼ばれますが、これは「ブルースの女王」淡谷のり子さんに遠慮した結果でしょう、実質「歌の女王」でしたから、サリーのキャラにはピッタリですわ。

 サリーちゃんのDVDを見ていたら、なんとなくひばり節を聴きたくなって、CDを聴きました。他界された頃に出たベスト版で、私は「哀愁波止場」がたまらなく好きなのです。ほんとたまらん。美空ひばりさんの持ち歌は沢山ありますが、裏声で入るのはこれが最初です。ひばりママは最初これに大反対だったそうですが、実際には一番の名曲になったと思われます。

 どこの波止場でもいいですが、夜の港の情景をこんなにステキに表現した曲は他に知りません。

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2007/03/02

サリーちゃんのパパ最強説

 というのを確かめたくて、DVD-BOXを買ってしまいました(笑) いや、この説とゆーのはあくまでオイラ自身の中の話ですがね。作画はお世辞にも良いとは言えないけど、声優がうまいから補完が効いてます。いやー、それにしても久しぶりに見たOPは最高ですよ。小林亜星さんのアメリカンポップス調の主題歌なんて、最初のスキャットとドラムがのっけから盛り上げてくれるし、コーラスの後ろでクラリネットが踊り狂ってる感じがいいよね。

 で、31話「魔女のしあわせ」(脚本:金子健、演出:村山鎮雄、作画監督:木村圭市郎、美術:山崎誠)がそうなんですけど。

 あらすじはこんな感じ。「夢の巻」という魔法書を盗んで人間界で暮らしていた魔女チャオチャオ(白石冬美さん?)が、人間の男と恋に落ちるのだけど、かつてのライバルで、盗みを働いた咎で魔界を追放された悪い魔女、バルバラが邪魔をしに来る話です。

 このバルバラは結構強くて、当然の様にチャオチャオはコテンパンにやられ、恋人の男性はチャオチャオが騙して連れてきた死神のせいで死に、サリーも魔法合戦の末に負けそうになります。死神とタメ口というだけでも強いのに、幼いとはいえ魔法の国の王女であるサリーのバリヤーも破り、毒の煙に捕らえてトドメをさそうとします…。このときのバルバラの顔がこぇーこぇー。

 ところが、駆けつけたサリーのパパ(内海賢ニさん)に「全ての世界から居なくなれ!」と一喝されて、存在を消されてしまいます。サリーパパは、とにかく親バカでもーどうしようもない面ばっかり記憶されているかと思いますが(笑)、再々々々放送時くらいにこの話を見て、幼心に「こえぇぇぇぇ」と思った瞬間でした。古今東西、いろいろなお話に色々な魔法使いが出てきますが、こんなえげつない魔法は他に見たことないです。

 サリーの世界では魔女は永遠の命を持っている設定です。加えてバルバラは前述の通り、結構な腕の持ち主であります。チャッピーでもメグちゃんでもララベルでもチックルでも負けるでしょう、ええ(笑) 最近売り出し中のポッターさんなら、ヴォルデモードクラスの敵キャラです。それを詠唱もなしに、

 「全ての世界から消しちゃう!?」

 すげぇ。竜騎士と合体したダークシュナイダーさんでも勝てそうにないです。転生したグリフィスさんでも、大魔導士アグリッパでも厳しそう。ウィローに騙されるバブモルダでも当然無理でしょうな(笑) ぶっちゃけ、クトゥルフ神話の外なる神々(アザトースとかヨグ=ソトースとか)クラス! 恐るべしサリーパパ。

 そんなサリーパパでも、死んだ男性の命を蘇生させる事は容易ではなく、チャオチャオの魔女としての魂を男性に与えることでしか彼を生き返らせる事はできませんでした。うむ。この辺が子供向け番組としては重要だよね。人が生まれて死んでいくのは神様が決めたルール。

 これまで沢山本を読んできたけど、安直でない蘇りは、指輪物語の「ベレンとルーシエン」(神様による介入、僅かな余生を与えられる)、キリスト本人(神様による介入、奇跡の証明としてのみ)、ファイブスター物語のアマテラス(本人が神様)、とかそんな感じです。安直なのは読むまでもなくクズ話が殆どですわ。「あっれー、生き返っちゃった。ワーイ」みたいなのはお話としてバッテンですね。

 某錬金術師の兄弟の顛末はどうなるんでしょうかね。少し意地悪く観察することにします。ところで、サリーちゃんの方はね、パパより強いお爺様がいるんですよ。恐るべしサリー一家。

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2007/03/01

勝手に漫画夜話

 ハガレンでどうにも消化不良になったので、「銀河鉄道999(映画版)」と「さよなら銀河鉄道999」のDVDを買って来た。どうせ見るのは「さよ銀」だけですがね。ミャウダーいいよなぁ。富山さん、ほんと惜しい人を無くしたと思わせる。ヤン=ウェンリーにしろ、古代進にしろ、戦場の力強い戦士でありながら、あの憂いのある声、未だに泣いてしまうぜ。ダースベイダーが出る所を割り引いてもこれはよいアニメだ。やっぱり、ハガレンの99%はここにあるな。もうなんか、ハガレンの続きはどうでもよくなってしまった(笑) ハガレンもあれだ、10巻辺りで終わっておいて、あとは外伝にすりゃよかったんだろうなぁ。

 ちょっと関係する話だと、うちには「銀河鉄道の夜」のDVDもある。ますむら猫版でジョバンニが田中真弓さんの奴ね。音楽が細野さん。猫になったのは未だに私も納得していないが、その他の部分は概ね素晴らしい出来だ。特に細野さんの幻想的な音楽。どんぐりと山猫に出てくる「どってこどってこ」とか、風の又三郎の「どっどどどどうど」みたいな特別な音も、細野さんなら再現できるような気がする。猫でよかったと思った点は、カムパネルラが溺れているのを暗示するシーン(銀河鉄道の窓に溺れて水をかく猫の手が映る)くらいのものだ。猫が泳げないという事とセットで、ああ、カムパネルラは助からないのだな、と思わせる演出だ。それ以外に猫でよかったな、という点は特に無い。まぁ、それを差し引いても全体的には原作の雰囲気を損ねてはいないので、見て損はないと思う。というか、ハガレンで大佐xエドとかで萌える暇があったらこういうのを見て欲しいと思うのだ。

 ところで宮沢賢治氏は未就学の頃から大好きで、ブンガク少女だった叔母のおかげで、小学校低学年時には全集を読み終えていたと思う。当然のようにドはまりで、賢治がよく入ったという温泉まで行ってきた事がある(花巻温泉にあるよー)。

 賢治はクリスチャンで、独特の世界観を持っている。キャラ名にエスペラント語を使うとか、色々な試みをしているすごい作家である。世の中で有名なのは「雨ニモマケズ」「どんぐりと山猫」「セロ弾きのゴーシュ」「注文の多い料理店」辺りだと思うのだが、私は「よだかの星」、「シグナルとシグナレス」、「オツベルと象」、「雪わたり」、「貝の火」あたりが印象深い。貝の火なんてのは、ハガレンのアルに読んで聞かせてやりたいくらいだ(笑)

 また話が逸れた。

 「さよなら銀河鉄道999」は、本当に良く出来ている。東海林修氏の音楽が凄すぎるのがメインだけど、作画、声優の質が一流だった時代の作品だからなんだよなー。という事で、ハガレン見て萌えてる人は、「銀河鉄道の夜」と「さよなら銀河鉄道999」を見るように! お兄さんとの約束だよ。

 ところで、私の給料の大半はガンダムで構成されています。使うほうではなく貰うほうね(笑) その私が格付けすると、

1位 初代無印 Vガンダム ∀ガンダム

 少し離れて

2位 Zガンダム Gガンダム

3位 その他

 な感じである。初代、V、∀は、「ちゃんと戦争をしている」ところがポイント。Zガンダム、Gガンダムは「戦争っぽい作品」として上級の品。後のはちょっと迫力不足。

 初代は、犠牲者がきちんと描かれていて、その死と最後に生き残った者達のコントラストが美しい。ただニュータイプというオチをつけたのは、富野さんのインタビューで、「ほんとにオチ用」という発言があったくらいで、どうだったのかとは思う。

 Vガンダムはなんといってもカテジナさんだ。この人のぶっとび方はすごい。それだけで見る価値がある。

 ∀ガンダムで注目すべきはギム・ギンガナムとその子分たちだ。実戦をたいしてやってないのに「一番強い戦争屋」と自負して、ボロボロと負けていく様は、自衛隊への皮肉かと思ったけど、大して凄くない戦闘技術に「なんとかの陣~」と名前をつけて自己陶酔している様は、後発クリエイターへの富野御大からの警鐘とも取れる。そういう見方をすると、∀ガンダムは実に良く出来ている。全てを捨てて一から出直そうとしたムーンレイス3人組の生きっぷりこそ人間なのだよなぁ。その朴さんを持ってきてアレだったので、やっぱりハガレンには残念印だわさ。

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2007/02/28

バイストンウェルの話

 玄侑和尚と養老先生の本を何冊か読んだ後に「ダンバイン」とかを考えると、面白い見方になる。あれは「都会の青年がある日突然田舎に行って醜い権力闘争に巻き込まれてそれを都会に持ち込んだ挙句全員あぼーんして終わり」という事になる(笑)

 エルガイムも面白くて、「戦争によって地位を奪われた皇子が頑張って権利を回復しようと思うけど、戦いの最中に自分が大事なものはそんなものではないと気づいてふるさとへ帰っていく話」だ(笑)。

 ハガレンはこうなる。「科学(=この世界の錬金術)は本来民衆のためにあるのだが、なぜか戦争の道具になっていることがおおい。しかもその戦争の原因は人間が作り出した自己増殖型?の自立型の生体コンピュータであった」。ふむ。古典的なSFだ。

 真実の扉を探している腐女子のおねいさんが結構いると思うけど、ヒントは「聖戦士ダンバイン」のエンディングにあると思ったりした。「見えるだろうバイストンウェル」という歌だ。富野さん(井荻さん)の歌詞はみんなすごいんだけど、この歌詞は特に好きだ。

 自分から見た他人というのは、自分の五感で感知できる「現象」にすぎない。本質はそこには無い。同様に、「自分」と認識している自分も、ひょっとしたら「他人から見た自分という現象」にすぎないかもしれない。真実の扉の向こうにあるのは自分の本当の姿だ。だけど、それを見たらみんな大抵の人は自我崩壊を起こしてしまうということなんだろう。でも、発狂したりという描写は子供向け漫画には不向きだから、脚を持っていったり腕をもっていってみたりする。

 諸星大二郎さんがずいぶん前に正面から描いたテーマだね。

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2007/02/27

PLUTO

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 なんとなくハガレンは軽いなーと思ってしまったので、口直しに本格派を一つ。というか、浦沢さんの連載ペースに耐えられず、原書を読みましたよ、アトムvsプルート(笑) 浦沢さんはかなーり上手く現代風に仕上げてるけど、手塚先生の方がいいなぁ、やっぱり。特にイプシロン。オレが腐女子だったらイプシロン萌えですよ。浦沢版のエンディング、気になっていたけど、原書読んだらどうでもよくなってしまいました(笑) しかし初出昭和33年かいな。手塚先生って偉大すぎる!!

 ところで、ハガレン作者の荒川さんって、同い年くらいなのだろうか。色々と読んだらどうもグルグルの衛藤先生のところでアシをやっていたらしい。その頃私も(違う出版社での)編集業のかたわらエニックスさんのグルグル本2をお手伝いしていたのだなぁ。ナツカシス。モノクロ印刷用の魔方陣をCGで描いていたんですが(笑)

 好きな漫画家が田川水泡さんと高橋留美子さんなんてね、まぁインタビュー用のコメントだと思うけど。のらくろなんて再々々々放送くらいの奴をTVで見たくらいで、ほとんど記憶がないですハイ。高橋留美子さんは、うる☆やつら、めぞん一刻でそれはもう愛読しましたけど。まだ部屋にあるくらいですしな(笑)

 会社のおたくな人たちに「例えばおいらがハガレンでコスプレするなら何?」と冗談で聴いてみたら、「プロテイン飲んでスカー」といわれますた。背が高くて色が黒いとこしか合ってねー! まぁ、サーファーには多い体型ですけどなぁ…。あんなに太くはなれん…。

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ハガレン考察の続き

 一晩寝たら考えがまとまったぽい。

・ありがちな主人公

 「コンプレックスの塊」。マザコンでエディプスコンプレックスで身長コンプレックスで、(若さゆえの過ちによる自分の自爆事故での)身体障害者。しかも事故に弟を巻き込んでいる。一方で世間からは若き天才といわれちゃう。

・ブラコンの弟

 兄のせいで酷い目にあったにも関わらず兄を盲目的に慕う弟。

・おてんばな幼馴染

・マスタング大佐の周りもそんな人たちばっかり。

・父ちゃんは母ちゃんの死に対して「間に合わなかった」といい、よくわからん計画をしている。

 ということで、ふーむ、エヴァンゲリオン? 元を正せば銀河鉄道999+さよ銀?


 次。

 錬金術とはいわゆる錬金術ではなく、「修理」の技術。人体・物体に関わらず、「修理」が出来る。組み立てと分解はその過程必要な技術で、演出的に魔法要素が必要なので、「錬金術」とした。空中元素固定装置(キューティーハニー)のようだ。

 「修理」がメインなので創造は出来ない。機械技師が別に居ることからも、自然の元素は操ることができてもからくりは作れない模様。

 「賢者の石」とか「(西の)錬金術」とは西洋医学のオマージュで外科的な手術とか移植とかそんなものをさしていると思われる。それの限界についてはFSSとかでも述べられている通り。FSSで永野さんが書いた面白い部分はここ。自分の体の延命も含めて、バランシェ博士は人間を無から作ろうとしてみたけど無理で、かわりに神様が出来ちゃった。

 「練丹術」というのは、道教でいうところの気を練ることである。その結果不老不死になったのが仙人で、外科的ではない方法で病気などを治すことを含めて「錬丹術」と呼称していると思われる。初期のそれがいんちき呪いだったことが作中では語られている。自然の力を利用する、あるいは宇宙と一体になることが目的とされている道教らしきものがあるXing国の皇子と皇女が、不老不死の力を求めて西洋医学の世界に踏み込んでくる辺りはこっけいである。人間の愚かさの描写としては、本作の中で一番肝の部分と思われる。

 ホーエンハイム(エドとアルの父)は、ある種の天才外科医で、妻を治す方法を探している途中で(擬似的に?)不老不死になる方法を見つけたが、自分で試した結果、それは人が人でなくなるものであると理解した。それを妻に施そうとしたのかは、謎。

 「父」というのは、古代なんとか王国の全部が凝り固まった意識体で、ホーエンハイムはその過程でポロっとはみ出ちゃった人なのかな。

 手塚先生の手のひらから出ていないような気がするな。

 ああ、でも画力はすごいね。女性だと思うんだけど(ペンネームの弘にわざわざHIROMUとルビ振ってある辺りからして)、大抵の男が描く勢いだけの絵とは違うね。洗練されてる。ゆうきまさみ女版みたいな人だな。

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ハガレン読み解き

 仕事の帰りに神保町に寄って色々と買いだめ。HJがカードゲームに転んで放り投げてしまったTRPGを拾ったのがエンターブレイン。で、クトゥルフのルールブックと資料集を少々購入。青柳氏、TRPG好きだったもんね。なんかTACコンでお会いして対戦したことあるよ(笑) 一緒の写真に納まって季刊になった頃のタクティクスに掲載された覚えがある。その頃私はHJのライターで青柳氏はファミ通のライターだったのかな。隔世の感があるなぁ。

 そのほかではアフタヌーン(雑誌)。おお振りしかマジメに読んでないけど。今回は正確すぎるリードの裏をかかれる話。中日の落合監督、現役(ロッテ)時代の名言に「山田(久志)のシンカーは勝手に芯に当たる」ってのがあったけど、キャッチャーのリードがマトモすぎると、と正確なコントロールがかえってあだになるという話。また深いところに手を突っ込みますね、この作者。女性なのに(といっては失礼だけど)野球よく知ってるなー。というか上手く描くなぁ。

 山田のシンカーといえば、江夏のフォーク、東尾のスライダー、江川のカーブ、平松のシュートと並び称された「魔球」の一つ。しかし悲しいかな、毎回正確に落ちるそのシンカーは、これまた打撃の天才である落合にとっては打ち頃だったんでしょうねぇ。漫画のキャッチャー阿部君がどうやってこれをしのぐか、野球ファンとしても楽しみな展開です。簡単に考えれば、カントクがリードを読まれていることを察知して、配球パターンを変えるとかに持っていくんでしょうけど、それじゃ青春ものじゃなくなってしまうからなぁ。(なんかあって)勝手に荒れ球になって、それを契機に阿部君がリードを替えるとかかな。今月号ではストレート主体に切り替えただけで、これは後半の切り札を前半に持ってきただけの応急策だから一試合持たないはず。球速のないピッチャーだから、工夫のしどころとしては、投球ゾーンをもう1球分広く使うことかなぁ? 今のところ、三橋君はストライク→ボール、ボールストライクの変化球が多かったから、ストライク→ストライク、ボール→ボールの変化球も使うとか。高校野球のレベルじゃねーなこりゃ(笑)

 ところでアニメしか見てなかったので、帰りの漫画喫茶でコミック版(とゆーか原作の)「鋼の錬金術師」を読んだ。脚本の会川さんには申し訳ないけど、やっぱり原作の方が完成度は高いなぁ。まとまり感がある。一人で描いている漫画の勝利だわな。一瞬の演出ではアニメの方が凄いけど。あと、漫画の方がおねーちゃんが一杯出てきて、正直こっちの方がいいです、ハイ(笑)

 お話としては、うーん、アニメは会川さんが会川さんなんで、エヴァの影から抜けようと、特に映画版なんか入れちゃうと、原作者が意識していなかったエルリック・サーガ(というかエターナルチャンピオンシリーズ風味)のところまで行っちゃっているけど、漫画はエヴァだなぁ。

 エヴァというか、なんだろう、諸星大二郎的と思ってしまいましたよ。真実の扉って自分のココロではないだろうか。「燕見鬼」シリーズになっちゃった諸怪志異シリーズに、自分の中にはいる壷ってのが出てくるんですが、あれを思い出しました。仙人まであと一歩、という修行者が自分の中で練った胆を取るのに使うんですが、欲望にかられた中年夫婦のうち、ダンナは中から出てこられなくなり、奥さんは無理やり出てきて体が壊れちゃう。あれを思い出しました。

 「ハガレン」の主人公兄弟のエドとアルが死んだ母親を再生しようと錬金術を駆使するけど、失敗しちゃう場面。エドは自我が確立しかかっていたのと、力があったことで片足だけもがれた。アルはまるまる飲み込まれた。で、飲み込まれた先ってのが、エドのココロの中じゃないかと思うんですよね。

 アルはいつか、自力でエドの中に自分の身体を取り戻しに行かなければならないのではないかと。その時に、罪の意識から失ったエドの右手は戻ってくるんじゃないかなーと。脚の方はわからんです。

 真実の扉というのは、今のところ、死者再生の場面でしか出てきておりません(グラトニーの腹から出る時はちょっと違うと解釈)。死者の再生というのは、魂と身体と精神がないとダメとありますが(うわーすごいエヴァ的)、精神は持って来ようがないので、多分ね、アルとエドの「記憶」から呼び戻そうとしたと思うんですね。

 この文法から言うと、記憶ってのは精神のどこかにある訳ですが、母親は死者なのでもう思い出しか残ってない。精神は魂と身体が結びついた状態のところに「宿る」訳なので、どーしようもない。だから思い出を引き出そうと二人でがんばっちゃったけど、それはもうアルとエドの精神の「一部」な訳で、それを無理やり剥そうとしたら、身体の方がもげた、と解釈しました。このとき、アルはエドの言うなりに術を使いましたから、多分、エドに取り込まれてしまった。1歳しか違わないけど、術を使うことに対して主体性がなかった為、まるごと飲まれた=エドの中の母親の記憶につかまった、と。

 ところでホムンクルスさんたちがつけているのはウロボロスのマーク。尻尾を食らう蛇。昔から出ている答えですが、永遠の命=永遠の死な訳で、タブーを犯すということはこれを取りに行くことだと思うんですね。

 で、記憶の伴わない再生なら、沢山あります。普通に子供を生むのがそれです。それ以外では、人の自我というものを保存することは現実的に無理になってます。「我思うゆえに我あり」で、時間的連続体の中で同一の精神が2ケというのはないのです。相手を客観視できる時点で2つは違うものでございます。養老先生に言わせれば、今この瞬間の自分と1秒後の自分はまったく別のもの、という事になります。永野護さんのFSSが20年以上前に個体進化という話やDNAに記憶を埋め込むことは可能なのかということを漫画で描いてますから、ハガレンはそれの系譜なのやもしれません。

 さて。この物語のオチってのが、人類補完計画だとおじさんはちょっとガッカリになりますが、まぁ仕方ないでしょうなぁ…。でも玄佑和尚の「般若心経」にも同じような話が出ていたから、21世紀の流行なのかな。東方の術が西方と違うというのもまぁ、含みを持たせているけど、同じ流れだなぁ。

 西洋では「神」と「私」(と精霊)の概念が強いけど、東洋では違うからなー。「自然」と「私」(都会の人)になるか、「自然の中に含まれる私」(田舎の人)という考え方。養老先生に言わせれば一生懸命自然から逃れようとするのが現代日本人の心の病って事になるなぁ。「自然の中に含まれる私」でいた方がずっと楽だ。サーフィンで海に浮かんでいると本当に実感できるんだよねぇ。

 沖でゆられて照らされて、空と海に溶けていくような感覚と、襲い掛かる波にのって一気に浜を目指す感覚。静と動のコラージュ。都会のビルの中には絶対にない生と死の境界面を滑る感覚。車じゃダメで、自転車で急な坂を下るあの感じに近い興奮こそが生なのではないかと。

 養老先生に言わせれば、都会はこの生と死をタブー視して隠しちゃってる場所だけど、結局人である以上そこからは逃れられないという事。あえて隠すからみんな「不自然」な生き方になっちまう。

 そういうのが歪んで出てきたのが、エヴァ以降の作品群なのかなぁ。なんちて。正確に言えばオウム以降か。まぁ、エヴァ的オチなら、大昔に滅んだなんとか国はみんなで一緒になっちまえば幸せ~という第一次人類補完計画で、それでもダメなら全部入れちまえというのが今進んでる話で以上、ということか。

 人柱。最近、ナルトでも出てきてるけど(笑)、まぁ、漫画アニメ的に言うと、「銀河鉄道999」風味になるんかな。特別に強度が欲しいところに使うって事なんですかね。真実の扉ってのを見てきたらOKみたいですが、要するに身体と魂が無い状態でも自我を保てたら合格という事ですよね。

 賢者の石に入っているのは「魂」で、精神の入れ物。精神ってのはすぐどっかに飛んでいってしまうんでしょう。多分天国とかに。1個つくるのに人が一杯必要なのは、生きた人から絞るからなんでしょうね、「魂の隙間」を。隙間を絞って精神1個分の穴をあけた奴が賢者の石。ホムンクルスはそこに擬似精神(7つの大罪と称して、悪のココロばかりを配っているのは、人間の闘争本能=生存本能がそこに起因しているからでしょうか)を埋め込んで作ったもの、と。ふむふむ。

 「父」ってのは、本当にキリスト教の影響大ですね。父ちゃん(人)が自分に似せて子(ホムンクルス)を作ったけど、蛇(ウロボロス)の入れ知恵で7つの大罪を背負ってしまうと。ふむ。なんだか、「999」と「火の鳥」のあいの子のような気がしてきたぞ。ま、いっか。なんか新・サイボーグ009も混ざってるぽいけど。

 「パイレーツオブカリビアン」は「スターウォーズ」だし、「エヴァ」は「イデオン」だし、面白く再構築してくれれば、それはそれでOKっすよ。

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2006/10/12

ストリーミング生活

 秋の夜長は、本を読んだり映画を見たりという感じで暮らしております。去年はPOでそれどころではなかったのですけど、残念半分、少し落ち着きを取り戻した感はあります。サーフィンで立ち寄った実家の鴨川ではロイヤルホテル前にファイターズ歓迎のノボリも立っていたりと、キャンプ地として盛り上がっておりました。ロイヤルさんは甥っ子君が私の同級生で、昔はプールを貸切にしてもらって二人で遊んだものです。これなら私もファイターズなら応援したいな、と素直に思いましたね。いつもライオンズホークスではセ・リーグのようにマンネリに陥ってしまいますからね。戦力均衡を保って、スリリングなシーズンを送って欲しいと思っております。

 で、本もDVDも大体消化しましたので、BANDAI Channel、円谷BBなどで昔のヒーロー物、アニメの最終話巡りやってます。すっきりしたハッピーエンドがGガンダムターンAだけだったのが今更ながら驚き。 私がこの2作を好きなのは、きっとそのせいなんだろうな~(笑)主人公がバカなのもポイントでしたが。 ウルトラはQと初代を見て昔の東京を楽しんでおります。 「怪獣を東京に入れるな~」という台詞にはちょっと苦笑でしたけど(笑) 千葉や神奈川で戦闘するのは勘弁して欲しいな。

 後は初期の仮面ライダー(1号~V3)を見て千葉ロケ(特に今は無き行川アイランド周辺)をチェックしたいところです。今の所、イソギンジャガーが勝浦-小湊間に上陸したとこまで確認(笑) ライダーたちが国道16~14号を南下とか、結構燃えますね。

 秋のアニメ新番は声優陣が豪華な「史上最強の弟子ケンイチ」(また関智さんが弟子(笑))と「結界師」だけが楽しみ。「ケンイチ」は1話見ましたが作画もまずまずで好印象です。

 今週末は、インフィニティー千葉さんでのロンボスクール最終日。うねりから安定して乗る&なんとか横に移動できるようになって、鴨川の浜を堪能したいところです。悩みどころは、ロング中心にした時にスカイラインにルーフキャリアを付けるかどうかです。ショートとBBなら中に積めたんですけどね。現行スカイラインにキャリアって似合わないしなぁ。うーむ。

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2006/05/22

おススメ野球漫画

 今日は試合がないので、おススメの野球漫画などについて書きます。今一番野球漫画を連載しているのは「週刊少年サンデー(小学館)」で、「都立あおい坂高校野球部」「MAJOR」「クロスゲーム」の3本が掲載されています。クロスゲームとMAJORはスーパープレイヤーの夢のような話なので、実際の野球にはあんまり役に立ちません。今の小林雅なら余裕で勝ちそうですけど(笑) 唯一評価できるのが「都立~」ですが、これも俊介を見てからとってつけたようなサブマリンの話なので、今更感が抜けず。

 では他紙はどうかというと、「ビッグコミックオリジナル(小学館)」の「あぶさん」と「少年チャンピオン(秋田書店)」の「ドカベン・スーパースターズ」ですが、うーん、これもなぁ。水島御大は、長年に渡りパ・リーグを応援してくれましたが、正直前時代の野球漫画ですよね。今更魔球とかあり得ない。

 で、私が一番おススメなのが「おおきく振りかぶって」(ひぐちアサ・著、月刊アフタヌーンに連載)です。高校野球の漫画なんですが、これが面白い。著者自身がどうやら元野球部マネージャらしく、女性作者なのにプレイヤーの心理が良く描けていますね。

 ダメピと呼ばれていた主人公の唯一の長所、コントロールを主体に頭のいいキャッチャー阿部とのコンビに中心を置いた、戦略、戦術、スポーツ心理学をたくさん盛り込んだ良い漫画です。この本を見ると、1試合通しての心理戦やその日のコンディションに合わせた細かい戦術変更、オフのすごし方などなど、為になる事が多く描かれています。

 TVの駄目解説者や現役選手にも読んでもらいたいなぁ。これいい漫画ですよ。

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2006/04/10

Five Star Stories XII購入

 発見したので購入しております。読後感想としては「まとめて読むとやっぱり面白いですね」。今回収録分は魔導大戦のキャラ紹介後半ということで話はあんまり進んでいないんですが、新しいキャラクターが魅力的なので面白いですね。

 連載時はなんじゃこりゃ状態だった学園モノ(プロムナード)も、本編を読んだ後だと楽しく読めます。書き下ろしだったら文句ないんですが、連載時はイライラしますよねぇ。肝心のお話が全く進んでいないので、余計にもどかしいというか。

 連載開始時はここまでしっかりしたお話になるとは思わず、エルガイムの尻尾くらいに思っておりましたが、今はちゃんとした封建活劇になってますね。職業軍人の家に生まれた辛さなんてのが話に出てくるのはいいですね。年々お笑い要素が増えている気もしますが、最初の頃の青臭さよりは好感が持てます。

 しかし、発行ペースがFinal Fantasyシリーズと同じレベルなのは如何なものか。休載が長いと話を忘れちゃいます。年一冊出てほしいなぁ。

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2006/03/02

安彦良和は何が凄いか

 後輩に問われたので答えてあげた。いい事言ったつもりだけど忘れそうなのでここにメモしておこう。安彦良和氏の絵は、エキセントリックな手法なしで人物を描き分けているところが凄いのである。性別、年齢、人種、全てペン1本で描き分けてしまう。

 それまでのアニメーターが、割と記号としてしか使っていなかったキャラクターに命を吹き込んだのが安彦さんだと思う。漫画家では出来ている人が多かったのだけど、アニメーターでは安彦さんが一番だと思っている。タツノコのお家芸でもあるところだけど。

 だから、最初から最後までご自分で手がけ、ちゃんと完成してから出した『巨神ゴーグ』『クラッシャージョウ(劇場版)』がトップ2なんだよー、と言ってあげたら、なんで好きだったのか解って安心しました、と。また『ゴーグ』は設定がうまくて、ポッターやナルニアより一段上のレベルで『現実世界から地続き』をやっているところが凄いと。地殻変動でオウストラル島が浮かび上がるなんてのは、実際ありそうな話だからね。また、偉大な父を持ち、コンプレックスと日々戦うロッド・バルボアと、敵方に回ってしまったマージョ様風レイディ・リンクスの恋物語が大人になってからは心地良い。悠とドリスののーてんきカップルも微笑ましいけど、いつ見ても楽しいと思わせるのはこういう仕掛けのせいだ。

 クラッシャージョウも偉大な父を持つジョウ(とマチュア)の苦労が描かれていて、丁寧な人間ドラマになっているし、音楽が断然いい。実に良くアクションシーンを盛り上げている。後で出てくる『伝説巨神イデオン』も音楽が無かったら、(TVの)あの作画では富野さんの世界観を再現するに至らなかったのではないだろうか。すぎやまこういち氏がアニメ業界に打ち込んだ大きな楔だ。これ以降のアニメは音楽に凄く気を配るようになった(と思う)。

ついでに最近安彦さんがあちこちで書いている漫画についても教えてあげた。彼は日本という国の成り立ちや、歴史の紹介に興味を持ったようで、『ナムジ』『神武』『虹色のトロツキー』『王道の狗』という日本のための本を出してくれ、一方で『ネロ』『ジャンヌ』『イエス』なんてものも描かれている。彼の手にかかれば伝説の聖少女も虐殺王も救いの御子も等身大でキチっと描かれてしまう。文句のつけようがない。

 で、一方『イデオンという伝説』の中で、湖川友謙氏がこう言っている。「イデオンやザブングル、ダンバインは、そこが異世界であるという意味づけの為に敢えて髪の毛をああいう色(ピンクやら水色やら)にしたのに、今は普通の漫画やアニメでも変な色の髪ばかりになってしまった」(意訳)と。つまりは、キャラクターの描き分けが出来ないので髪の毛の色でごまかしてしまえー、という画力のない漫画家が今沢山いるけど、「それ違うから」と警告している。

 原哲夫氏がTVアニメの『北斗の拳』をとても『気に入ってなかった』為、今回リメイクする段になったとある筋から聞いた。それは、アニメーターのデッサン力が低くて、ケンシロウ(達)のポーズを再現できていなかったからだそうだ。

 海外で日本アニメがブームになって浮かれあがるのもいいけど、技術力の底上げをしないとダメになっちゃうよー、この業界。

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2005/10/14

諸怪志異 4巻 燕見鬼

 諸星大二郎氏のマンガで、今のところ私が一番好きなシリーズ。1、2巻は五行先生もポツポツとしか出ない短編集でしたが、3巻「鬼市」から長編ストーリーに。1,2巻ではマスコット的存在だった阿鬼ちゃんが成長し、諸星風美青年となって冒険をするシリーズとなりました。

 和洋を問わずファンタジー好きな私ですが、本シリーズも愛読、他の愛読マンガと同様、ペースが遅いのが残念ではあります。

 今回の4巻は3巻にもまして中途半端な終わり方で、これまで多くあったプチエロシーンも入っていないので不満もあるのですが、数年ぶりの新刊でもありますので、トータルしては満足しております。いや、もうちょっとエロがあって欲しかったか。

 諸星さんのような人がエロシーンを書くと、妙にリアリティがあっていいんですよね。まじめな漫画家が書くほどエロシーン自体貴重なものになり、画力も手伝ってつい引き込まれます。それが無かったのは本当に残念。

 次の巻がいつ発売になるか想像もつきませんが、是非今度はそういうシーンをお願いしますよ、諸星先生。

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2005/09/25

今日のiPod&iTunes

 エージングって奴の実験結果。オーディオテクニカのATH-CK5なんですが、買った当初はシャリシャリで、『なんだこりゃー』という寒い印象。2000円ちょっとだったのでこんなもんかと思ってました。が、最近なんだか良くなってきた印象。マジですか? と思いつつ。

 色々なblogなどを見るに、しばらく鳴らしておくとよくなるらしい。スピーカー等と同様、エージング効果があるらしい。本当なのん? ということで新品を買ってきて実験。かわらーん! ということで、俺的結論、今某所で騒がれているエージングとは、耳がヘッドフォンに慣れる事です。ヘッドフォンはかわりましぇん! あとどこまで耳に密着できるかですな。これは慣れなんで、明らかに音が違ってきます。

 さてその怪しいblogでの話。イヤーパッドのサイズを変えたり、ソニー製のパッドに交換したりと、色々対策が出てましたが、このイヤーパッドも買ってみました。重さを量ったり色々やってみましたが、違いがサッパリわからん。Made in Chinaだし、全部同じ金型で色違いがいろんなメーカーに行ってるのでは? と。白と黒だと黒の方が一見して硬そうなんで、良い音がでるような雰囲気にはなりますが。

 んで、反対側のカメラ屋。一応上まで見てきましたが、入っているのがタワーレコードという事もあり、アニメDVDやアニメCDは殆ど無し。これらの商品目当ての時は相変わらず電気街口に出ないとダメね。本屋は有隣堂が入っていて、これはまずまずの品揃え。電気屋は反対側にもイッパイあるわけで、ヨドバシの良いところはポイント還元と本屋くらいじゃないかと思うんだよね。あとは1Fのパン屋が喫煙席込みで沢山席があったので、ちょっといい感じ。

 本日の取り込みCDは、ラピュタ、豚、もののけ姫のサントラとElton JohnのYour Song。ダイアナ妃にささげた歌が欲しかったので。

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2004/05/15

オキニの漫画とか

 アフタヌーンも変わったよなぁ、と思いつつも、女神さまっは相変わらずなのですが。ひぐちアサ氏の「おおきく振りかぶって」はオキニの作品ですね。女性が書くスポーツ漫画ってーのは、意外にリアリティがあるもの。塀内夏子氏のサッカー漫画あたりも、その辺りのバランスが(前半は)よかった訳でして。男性作者だとどうしても見栄を張った内容になってしまうんですよな。

 待っているのは諸星大二郎氏の「諸怪志異」の新刊。中国伝奇モノは大体好きなわけですが、特にこの作品は諸星氏の画風とマッチしてますね。水木しげる氏以降はなかなかこの妖しさを出せる人が居ないナァ、なんて思ったりもするんですが、諸星氏はいいですね。都会舞台でニヒリズムに満ちた作品もいいんですが、オカルト方面を忘れないで欲しいものです。

 少年・青年漫画方面は、まだやるかという感じで医者とソフトスポ根モノが増えてますが、やや食傷気味。そろそろ違うジャンルの漫画が見たいものです。ジャンプのキラは面白いかな。ヒカルでもそうだったけど、小畑氏の画力に釣合ったストーリー内容ですね。サイボーグじーちゃんが悪いとはいわないけど、小畑氏にはこの方向で進んでもらいたいな。

 ところで低俗霊狩り(奥瀬サキ氏)のアニメはどうなんだろう。この人の漫画もオカルトって意味ではステキなんだけど(ちょっとカッコ良すぎるけど)、よく連載途切れますよな。一読者としては頑張ってとしかいえないけど、うん、楽しみにしてますよ。

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