
昨年から今年にかけて塩野七海さんの『ローマ人の物語』を読んでいたのですが、いくつか気が付いた事がありました。
・共和制ローマの版図拡大目的は隣人と上手く付き合うこと・合理化を進めること
・帝政ローマの意図は帝国主義の始まりであり富の集中を目指したこと
というのが私の感想です。共和制の頃はインフラ整備という形で、ITの世界で言えばOSやプロトコルの整備に従事していました。全般的に見ればいいことばかりやったような気がしますが、自国内で収まらない就職口を求めて世界へ出て行ったという事ですね。
ケルト人たちはドルイド信仰ごと消されかけ(事実、後世で魔女裁判にかけられたのはケルトの巫女が多かったですね)、森を中心とした原始生活文化は破壊されました。合理化というと聞こえが良いですが、それまで上手く機能していた社会の隙間を奪い去ったことになります。
隙間があると気持ちが悪い、という潔癖症の方もいるのでしょうが、世の中の人間すべてが合理的な思考の元に行動する訳ではありません。そういう状態なら優れた芸術などというものは生まれない。ただ効率的に『生きて』『地球資源を使い尽くす』方向にどうしても動いてしまいます。だから、いくら塩野さんが共和制ローマの良さを説明してくれても、その結果現在の世界が、地方色というものを失って、地球を狭く住みにくくしてしまったと思わざるを得ない。
一方で富の集中を狙った帝政ローマ。パックスロマーナ、パックスブリタニカ、パックスアメリカーナと、帝国の長こそ時代時代で移り変わって来ましたが、やっている事は同じです。地方にインフラを敷くのとセットで、こっそりその地方の自活能力を奪い、経済的に支配してしまう。
OSを変えられるというのは苦痛です。日本は過去に2回もOSを変えています。一回目が明治維新ですね。ペリーやらハリスやらが遣ってきて、十分自活できていた日本に開国を迫り、それがために日本はかなりの労力をかけて海外と歩調をあわせねばなりませんでした。徳川時代がベストとは言いませんが、それなりに良い社会で、貧乏でも金持ちでも仲良く暮らせていた時代なのです。それがブチ壊されたのが1回目。
2回目はもちろん大東亜戦争、太平洋戦争と呼ばれる戦争と、その敗戦から染み出た戦後民主主義の台頭です。明治維新後は、日本も他国同様、アジア各地へのインフラ輸出と搾取を始めます。そうしないと生き残れないような雰囲気を「合理化教」を押し付けられる事でやらざるを得なくなりました。それでも今と違っていたのは、人口はこんなに多くないし、少なくとも第二次大戦前までは日本人は「分を知っていた」と思うのです。やっとの事で日露戦争に勝ったことをさも『神風が吹いた、さすが神国日本』などのようにアジテーションしたマスコミにも問題があります。ただ、独立国としてのプライド、矜持といったものは持てていたし、わざわざ海外から余計な資源を奪い取らなくてもなんとかなる程度の自給自足が国内でまかなえていた時代です。
が、日露の詳細を知らず、強いと勘違いして世界中に喧嘩を売った挙句、日本はせっかくつくった日本流合理化システムを奪われて、アメリカの一部に組み込まれてしまいます。今、日本を覆っているうつ病ブームや勝ち組や負け組などという悲しい言葉と価値観というのは、その流れから出てきたものです。元々の日本国民感情は『村八分』などの言葉で表現されるように、まぁ、ちょっとした喧嘩があっても仲良くやっていこうじゃないか、という心意気がありました。向こう三軒両隣なんてのも近所づきあいのイロハとしてあったものが、段々と奪われています。自分が勝ち組、負け組のどちらかに入るかでキュウキュウとしている。
日本人の負け組とか行っても、それほど酷いものじゃない。DS文学全集で明治文学をいくつか読みましたが、この頃から厭世観やうつ病なんてテーマがポロポロ出てくる。それでもなんとかやってこれたのは、勝ち組やら負け組なんていうつまらない価値観が今のように明確にれっきとして宣言されずにいたからです。
そういうことを知るだけでも人の心のあり方について勉強できます。だから、『ローマ人の物語』を読んで「ああ、ハンニバルってすげー」とか「DS文学全集? 著作権切れの古い本を使った小銭稼ぎでしょ?」などという偏った見方をするのは辞めて、現代日本の異常さについて理解して、決して自分自身がおかしいのではない、と悟ることも必要ではないでしょうか。
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