日本のネットゲームはなぜダメか
いやまぁ、FFXIは一応成功しているんだけど。最近は外国人しか遊べていない気がするんだよね。その他のオンラインゲームは何れも苦戦中。これってどういう事なんだろうね。
日本人は、村社会を作ってローカルルールの中で幸せに暮らすのが好きな、根っからの農耕民族である。和を持って尊しと成す、というとかっこいいけど、一方で異端を許さない社会である。だからコミュニティの中で1位を取るには、ギリギリまで2着につけて、ゴール前でスパート、「いやぁ、幸運でした」と謙遜してみる工夫が必要になったりする(うがちすぎ)。
変にリーダーシップを取ろうとすると、陰口やらなにやらで追い込まれる。村社会は敵(この場合はそのリーダー)が出来ると、やたらと団結力を増す。一揆みたいなもんで、その段階にならないと団結力が出ないってのも困ったものである。
つまりは、日本人は個性を十分に保ったままコミュニティを維持することが、とても苦手である。自他の違いをすぐ優劣に置き換えて卑屈になる癖をやめるべきだと思う。これはとても長い年月がかかると思うけれど、日本人が大人になってちゃんと世界の中で暮らしていく上では、本当に必要なことだと思う。
ううん、オリンピックを見ながら、これからのオンラインコミュニティサービスについて考えると、こんな文章になってしまったなぁ。
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コメント
リアル社会で生きる自分の寸法でネットゲーム、ってのも
いいんぢゃないでしょうか?
なにもグローバルな世界で生きていくための
処世術を身につけるトレーニングを
ネットゲームでやらなくても。。。。と。
所詮ゲームは余暇であり、気分転換だと思います。
リアルですらマタ~りなのに、ネットゲームの中で
英語が飛び交って、生活文化や考え方の違いゆえに
テンションの違う人たちと一緒になってテンパる
苦労を「そこで」味わう必要は必ずしもないように思います。
FFXIやっていても思うのですが、
日本人は自分のコミュニティに「よそ者」(異端)が
侵入してくることへの警戒感が非常に強いですね。
「たこつぼ社会」と呼ばれてきた由縁でしょう。
この傾向があるために、ご指摘の通り、自分たちの
個性を保ったままコミュニティを維持する、というのが
下手なのだと思います。
ただそれを頭から否定するというのもどうかな、と。
それぞれの生活文化や考え方の違いを尊重出来て
初めてグローバルな社会に到達できるように感じます。
リアル世界で起こっているように下手なグローバリズムの
無理強いは、結局は様々なところで軋轢をもたらします。
そしてネットゲームで実現できているレベルのグローバリズム
なんて、本当に下手な子供だましだと思うのです。
投稿: tornato | 2004/08/25 19:58